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2013年4月 9日 (火)

成年被後見人の選挙権

暖かくなったと思ったら、ここ数日はまた風が冷たい。

いちど春気分になったから、春服でがんばってましたが、今日は断念してまた冬っぽいかっこうをしてしまった。

女子に冷えは禁物やけんね。

昨日、家裁に成年後見申立てをしたのですが、現在後見センターは激混みで、面談(まずは家裁の方がご本人や申立人のかたと面接があるのです)日程すら来月の後半しか空いてなかったです。

数年前も激混みで、審判までに数か月かかっていたところ、福岡ではその後家裁様の布陣がパワーアップして、平均して一か月くらいで審判まで出ていたのに、最近、また「やおいかんごと」なっているのかもしれません。

成年後見制度利用についても、だいぶん一般的になっていることと、やはり高齢化社会の必然により、制度利用者が激増しているのでしょうね。

ところでちょっと古い話ですが、「成年被後見人にも選挙権を!」という訴訟で、地方裁判所が、「選挙権がないなんつー法律は違憲である!」という判決を出したことが新聞をにぎわせました。

自分のまわりに成年後見制度を利用した人がいない場合は、「わからなくなっている人に選挙権はいらんちゃないと?」と思うかもしれません。

私もこの仕事してなかったら、よくわかってなかったと思います。(ごめん)

成年後見人をつけるケースというのは、ざっくり言うと「判断能力がほぼないかも」という人が対象になるのですが、いくらそう規定されていても、人の脳内いうのは百人百色ですから、その「ないかも」の範囲はもう広大なわけです。

でも、後見制度はそこまで細かい区分に対応してないので、ざっくり「後見」というくくりにしかできないのです。

したがって、実際のところ、もう本当に何もわかっておられないだろう(しかしこれも予測に過ぎませんね)人もいますし、普通に会話ができて、いろんな考えを表現できる人もおられます。

もともと、この選挙権がなくなるという法律は、後見制度の前にあった同じような制度のときにきまったもので、後見制度に変わってからも、そのまま残ってしまったという法律です。

後見制度は、「その人がふつうに暮らすことができるためのささえ」(ノーマライゼーションといいますが)であるべきとされていますから、選挙権に関しても、頭から「ナシ」ということではノーマライゼーションとは程遠いわけです。

「アリ」が前提であるべきだというのが、ノーマライゼーションなわけですにゃ。

選挙が、国民のいろんな立場の人の意見を代表する人を決めるものですから、その側面からみても、選挙権は行使できるようにすべきなのだと思います。

憂うべきは、私も含め、普通に選挙権があるのに、それをありがたくも思わず、粗末にする人の存在なのだと思います。


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